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仕事をひととき離れて、日常の出来事やうっぷんをこっそり更新。
皆さんも息抜きに楽しんでもらえれば幸いです。
このブログを通じて皆さんとの輪が広がりますように・・・
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朝8時前後は、私にとって戦争の時間でテレビを見る暇もない。所が、沢山の人が8時から始まるNHkのテレビドラマをみて視聴率が凄いという。「どうして?」と聞いたら、どのドラマも終戦前後の人間の生活の生き様と人間愛を感動的に取り上げているからだという。若い人は昔の事を知り教訓とし、年配の人には昔の苦しい時代の共感と懐かしい思い出が蘇るという。そう言えば、よくお婆ちゃんが言ってたっけ。終戦で樺太から引き揚げてくる船の中、荷物の重さと人数の多さで船が沈没しそうになった時、荷物を海に捨ててくださいと言ったら、今まで背中でギャァギャァ泣いていた赤ちゃんが、いつの間にか泣かない赤ちゃんになったという。赤ちゃんの代わりに背中に米を背負っていたという話しを聞いて、有り得ないと思ったが、本当に終戦当時は人一倍苦労を重ねてきたんだね。
私の友人が娘に小さい頃からピアノを習わせ、音大にいれた時からいつか娘の演奏で歌を歌いたいという夢があり、娘が大学入学と同時に自分も歌のレッスンに通った。趣味がいつのまにか声楽を本格的に勉強した。娘が大学卒業し親の夢だった音楽の道に進んでくれるかとおもったらあっさり別の仕事を選んでしまった。夢がたたれても自分は声楽をコツコツと練習していた。娘が30何才で結婚がきまり、忘れかけていた夢が結婚式で娘からプレゼントされたという。娘の演奏で母が本格的声楽を披露し、会場の皆さんもその感動的シーンにわれんばかりの拍手を贈ったという。娘が大学に入った時からの夢を娘の結婚式で実現させた友人の話を聞いて、長い年月かけても、希望は捨てないでということを教わった。まだまだ遅くはない。私も夢をもって進んで行こう!
仕事の打ち合わせで敦賀に行った時の事。福井駅に着いたら「まもなく京都方面行き発車すると案内があったので、少しでも早く着きたいと思い、慌てて駆け込んで乗ったら、なんと京都まで止まらない特急に乗ってしまった。車掌さんにどうしても仕事で敦賀におりなくてはいけないので降ろしてほしいとお願いしたら、「あなた一人のために電車を止めることはできません」と言われた。当たり前だよね。そんなこと頭でわかっているのに、すぐ口に出して言ってしまう馬鹿というか、浅はかな私の行動に反省しながら、どうしたらいいか次の手段を考えていたら、京都に着いた。結局降りて駅の喫茶店に入り、コーヒーを飲んで、つぎの特急で帰ってきた。
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