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仕事をひととき離れて、日常の出来事やうっぷんをこっそり更新。
皆さんも息抜きに楽しんでもらえれば幸いです。
このブログを通じて皆さんとの輪が広がりますように・・・
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一年の計は元旦にあり。そして、2日の朝見た夢は正夢との言い伝えがある。去年は神社にお参りに行ってすべって転び、家族から「一年中ろくなことないぞ」と言われてしまった。今年はどうか?2日の夢見が悪い。何か不安。その上、神社にお参りに行き、賽銭箱にお金をいれ、お参りしたところにお財布を置いてきちゃった。パニック状態。何で私はこうなの?。神様がお叱り?。すぐ気がついて、また神社に行ったら、お参りのピークが過ぎて、人がいなくて、そのまま、お財布が置いてあった。早速神社で買った鈴付き御守りを財布に付けた。そしてカード類は別の財布に入れた。賀状挨拶のメールがきたH さんに、この状態をメールで送ったら、「それは運が良かったです。今年は良いことありそうですね」との返信。えー。ひゃあー。何で?。何が何だか、判らないけど、もしかして、私はついているのかもしれないと思う事にした。
司会者の中で仕事は几帳面に遅刻もなくキチンとしているのに、私的な待ち合わせや遊びとなると必ず遅刻。人を待たせて平気な人がいる。その人を見て、いつもかんじるんだけど、どうして差別するの?。時間にいい加減な人は、必ず仕事でもいつかはいい加減な仕事になるんではないかと、不信感をもってしまう。相手に対する期待が強かったり、自分のルールにこだわったりすると、ますますいい加減な人をみると幻滅を感じてしまう。そんな状況の中で、自分がイライラしたり、腹がたったり、ストレスをためるのは、損なので、目線をずらして、「いい加減」の平板のアクセントを「いい、加減」の頭高のアクセントにしたら、心が落ち着き、ストレスがたまらなくなるそうな。なるほど。。。。いい加減じゃなくて、いい。加減。一つの単語も考えようで心の切り替えができるのね。ふ~ん。
また、面白い川柳見つけちゃった。1)主人編 女房に何でも言える夢の中(うちの主人もプライド一番。亭主関白。でも、どうも気の強い私には夢の中でしか反発出来ないみたいで、川柳よんで同感、同感といっていた) 息子編2)お弁当。開けたらわかる母の機嫌(弁当の中味を見た途端、今日は手抜き、今日は機嫌悪い、今日は愛情がいっぱいとわかるらしい) 3)私編 若作り、中身は賞味期限切れ(そりゃ、とっくに賞味期限切れてるのは理解できるけど、少しでも若く見られたいの努力。でも努力以上に劣化が激しく、毎日努力が勝つか!劣化が勝つか根競べ。でも、賞味期限ぎれはおろか、消費期限もとっくに切れてると言われてしまった)トホホ…。
昔、青森に居住していた幼少時代、近所に住み、同年代の一人息子と一緒に可愛がってくれた夫婦がいた。今は年老いて九十才位。その間、ご主人に先立たれ、つい先日、一人息子に先立たれた。ひとりぼっちの家で力の抜けた毎日。たまたま、虫の知らせか、何気なく電話したのが、息子の葬式の次の日。手紙を添えて香典を送ったら、「早くお父さんと息子のいるあの世にいきたい。」と。何とか、何とか、励ましてあげたいと思っても、青森と福井。遠すぎる。年越しに間に合うよう、お菓子は仏様に、年越し蕎麦で元気出してと送ったら、「会いたいね。福井に行きたいね。早く死にたいわ」の繰り返し。いやいや、まだまだ、息子とご主人の分まで長生きしなくちゃあ。。。春になったら、必ず会いに行くからね。
皮肉を辞典で調べたら、遠まわしの意地の悪い言葉。嫌みをいうとかかれている。誰しも皮肉を言われると、あまりいい感じがしないよね。この皮肉。仏教用語って知ってた?仏教では、身体の全て、全人格、宗祖らの信念、思想、行為などを皮肉骨髄と言うそうな。中国禅宗の達磨大使が4人の弟子に「お前はわしの皮を得ている」「お前は肉を。。。」「骨を。。。」「髄を。。。」とその悟りの段階ごとに深みを伝えたそうな。そして一番深く悟った弟子に法を伝えたそうな。皮や肉は骨や髄に比べ、浅い悟りや表面的形相。そこから、相手の骨髄まで届かない表面だけをチクリとさす非難が皮肉と呼ばれるようになったとか。一つ勉強になったわ。
神社にお参りに行ったら、久しぶりの友人とばったり会った。「わぁ~。久しぶり。元気だった?」「元気じゃないわ」「何で?」「体のあちこち、がたがきて、思うように体が動かなくて苦しい毎日よ」その友人「なにいってるの!。苦しい毎日を過ごしている人は、今、こうして、神社にお参りに来れなかったとおもうよ。ちゃんと、お参りに来れたということは、元気だという証拠。神社にお参りに来れた自分の体と心に感謝しなくちゃ」と言われた。そう言えばそうか!。本当に体が苦しくて動けなかったら、神社も歩くことすら、出来ないはず。今日こうして、動ける現実の自分をしっかり見つめ、去年は「ありがとう」「お先にどうぞ」の言葉を意識してきたが、今年は、自分にも、他人様にも「お陰様で」をモットーに、毎日を過ごしていこう。。。
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